大田市のみどころ♪

大田市エリア紹介

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大田市街地の南西部の山間に位置する大森地区は、石見銀山遺跡の中心部。銀鉱石を産出した仙ノ山には間歩と呼ばれる坑道があり、路頭掘りも含め600を越える間歩が確認されています。江戸時代、天領となった最盛期には周辺に20万もの人々が住んだと伝えられ、大森代官所に勤めた役人の屋敷「旧河島家」、大森で最も大きい商家だった「熊谷家住宅」(国指定重要文化財)、全国でも珍しい1815年築の表門と門長屋が残る「大森代官所跡(石見銀山資料館)」などの歴史的建造物が今も大切に保存されています。
町には、古民家を生かしたショップやカフェなどが並び、何度でも訪れたくなる雰囲気は世代を超えて人気のスポット。石見銀山遺跡の歴史を知るには、「石見銀山世界遺産センター」や「石見銀山資料館」をお勧めします。

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毛利氏が支配した16世紀後半、銀山から採掘された銀は大森の町を出発し柵内を経て、日本海に面した港へと運ばれました。その道が銀山の温泉津沖泊道です。日本海に面した沖泊は海の底が深く、湾の入り口の櫛島が季節風を防ぐため大量の銀を積み出すには最適な港でした。今も船を係留するための鼻ぐり岩が数多く見られ、往時を偲ばせています。
また、温泉津港は銀山の物資供給基地として、銀山で働く人々の暮らしを支えました。かつて30軒もの廻船問屋が軒を連ねたという町並みには温泉が湧出し、かねてより湯治客や旅人が訪れました。時の移った今も、情緒漂う町並み、日本海の味覚、温泉、そして歴史に惹かれた旅行客が絶えません。

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16世紀、銀山開発初期は採掘した銀を馬路地区の鞆ケ浦道を経て、仁摩の鞆ケ浦港へと運びました。銀はここから中国・朝鮮を経て世界に積み出されたのです。港の東端にあるのは鵜ノ島。北風を遮る島には石見銀山の発見者神谷寿禎が建立したとされる厳島神社があり、弁才天が祀られています。鞆ケ浦の東には、日本の渚百選に選ばれた「琴ヶ浜」が優美な弧を描きます。この砂浜は、美しい環境でのみ鳴る”鳴り砂“で知られ、その音を聞きに訪れる観光客もあります。
町には、ガラス張りのピラミッドがシンボルの砂博物館「仁摩サンドミュージアム」、ガラス工房を備えた「ふれあい交流館」があり、春には近隣の公園で花見を楽しむことができます。

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東西に長い島根県のちょうど真ん中に位置する大田市は、古来、石見と出雲を結ぶ交通の要衝として大切な位置を占めてきました。戦国時代に石見銀山が開発されるとその重要性はいっそう高まり、町場が形成され商人・職人の町として発展してきました。室町時代末期から鍬市・竹市が立ち、稲荷神社には稲荷市が立ち、今も100を越す露天商で賑わう春と秋の彼岸市は、多くの買物客で賑わいます。
また、大田市街地の北東、日本海の海岸線に面した羽根は、美しい景観と潮騒が誘う江戸時代からの港町。 かねてより海辺の行楽地として親しまれ、新鮮な魚介を使った郷土料理「へか焼き(魚介版すき焼き)」、海鮮バーベキューなどを味わうことができます。

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標高1126mの男三瓶を主峰に、6峰が環状に連なる国立公園三瓶山。およそ1万6000年前の噴火でできた山です。 北の原、東の原、西の原、三瓶温泉の4つのエリアに分かれ、牧歌的な風景や紅葉、雲海など、山の行楽を満喫できます。1分間に3000リットルという全国でも有数の湧出量を誇る三瓶温泉は、旅館や病院にも給湯されてきた温泉で、年間を通じて湯治客が絶えません。
三瓶山の自然を楽しく学べるのは、「三瓶自然館サヒメル」。山の成立ち、植物、動物たちのジオラマ展示のほか、天体望遠鏡での星の観察体験なども人気です。また、約4000年前の火山噴火で埋没した杉の大木がそのまま展示される「三瓶小豆原埋没林」は、その大きさと迫力に圧倒されます。

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