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該当するスポット: 265

  • 森山窯 大田市温泉津町温泉津イ3-2 日本民芸館展や日本陶芸展でも連続入選されている森山雅夫さんの窯。師匠河井寛次郎先生に「陶工になる前に立派な人間になれ。焼物は繰返しのみでなく、創造の意欲を忘れてはならない」と教わったことを基本に作陶に…
  • 椿窯 大田市温泉津町温泉津イ3-4 昭和44年に温泉津に開窯された「椿窯」では、荒尾浩一さん、浩之さん親子が陶芸活動されています。日本民芸界の礎、河井寛次郎氏が温泉津焼へ荒尾常蔵氏を技術派遣しました。昭和44年、荒尾父子は温泉津へと移り…
  • 沖の蛇島 大田市温泉津町
  • 大崎鼻 大田市温泉津町 温泉津湾の西側は磯釣り適所が多くあり、特に大崎鼻近辺は絶好の磯釣りポイントとして人気が高い。クロアイ、ヒラマサ、イシダイ、スズキ、チヌ、底物と魚種も豊富。
  • 福光の石山 大田市温泉津町福光 島根県一の切り出し量を誇る石山で、その採掘洞窟のスケールは大きいです。石見銀山の五百羅漢座像などの石仏や墓石には、この福光石が用いられています。※現在見学公開をしています!!詳しくは下記ブログをご参照…
  • 瑞泉寺ずいせんじ 大田市温泉津町
  • 高野寺たかのじ 大田市温泉津町 石見観音霊場の八番札所であり、「西の高野山(こうやさん)」とも称されています。
  • 願楽寺紫白庭がんぎょうじしはくてい 大田市温泉津町 JR温泉津駅から南へ1キロあまり、「紫白庭」と名付けられたこの庭園で有名な山間の古刹です。天明の大飢饉のとき、寺の蔵を開いて住民の命を救った住職に、住民たちが感謝して庭を造園したと言われています。山水…
  • ヨズクハデ 大田市温泉津町西田 地区 刈り取った稲束を天日干しする為に立てられたもので、稲束を掛けた姿がヨズク(フクロウ)に似ているのが呼び名の由来と言われている。西田地区の『ヨズクの里』は、平成3年に「島根の60景」「日本の米作りの里1…
  • 金柄杓井戸かなびしゃくいど 大田市温泉津町 その昔、泉の水の美味しさに感動した大森代官がお礼に当時高価だった金属製の柄杓を奉納したため、このように呼ばれるようになったと伝えられています。今日でも道床山の伏流水が岩の聞から湧き出しており、昭和61…
  • 銀山街道 大田市温泉津町 旧銀山街道松山古道入り口付近。沖泊と温泉津からの銀山街道はやきものの里付近で合流します。ここ「松山の道標」から入って大森(坂根口番所跡)へ通じる約12km、徒歩3時間のハイキングコース。全体的に緩やか…
  • 不言城跡ふげんじょうあと 大田市温泉津町
  • 鵜丸城跡うのまるじょうあと 大田市温泉津町 毛利元就が水軍の基地として湾の突端に築いた城温泉津湾のふところの深さに着目した毛利元就が、水軍の基地として湾の突端に築いた城で、ここを拠点に海上を征した毛利軍は出雲地方を征服する足場を固めました。鵜丸…
  • 櫛山城跡くしやまじょうあと 大田市温泉津町 温泉津湾の北西に位置する櫛島(くしじま)(標高38m)には、かつて櫛山城が築かれていました。櫛島の由来としては、承久の変(1221年)で隠岐の島に流罪となった後鳥羽上皇が途中の嵐のため漂着し、世話にな…
  • 鼻ぐり岩 大田市温泉津町 沖泊地区に残されている貴重なもの温泉津町にある沖泊の湾内には、船を係留するための鼻ぐり岩が多数残されています。鼻ぐりとは牛の鼻輪のことですが岩に穴を開けたもののほか、杭のように岩を立てた棒状のもの、臼…
  • 温泉津沖泊ゆのつおきどまり 大田市温泉津町 銀山柵内から西方8.8kmの日本海沿岸にあり、石見銀山を毛利氏が支配した16世紀後半、銀の積み出しと石見銀山への物資補給が行われた港。リアス式海岸の沖泊港は海が深く波が静かで、大型船の入港が容易だった…
  • 温泉津湾 大田市温泉津町 日本海、一本釣り漁の基地港として有名かつて石見銀山の積出港として北前船が出入りした温泉津港は美しいリアス式海岸の入り江の奥に開かれた天然の良港です。季節風の影響が少なく波静かで、水深も深いため大型船も…
  • 金剛院こんごういん 大田市温泉津町 細い路地の奥に槇の大木を前にして本堂だけが建っています。高野山真言宗、千手観音菩薩を本尊とし、もとは温泉津温泉の中心地にありましたが、宝暦10年(1760)現在の地へ移転しました。
  • 金毘羅神社こんぴらじんじゃ 大田市温泉津町 温泉津の町が眺望できる金刀比羅山に鎮座。文政5年(1822)5月、富沢小兵衛という農夫が山の畑地から金山彦命(かなやまひこ)の神体をクワの先端にあてて掘り出し、温泉津港に入っていた船主たちから資金を集…
  • 忠左衛門堂ちゅうざえもんどう 大田市温泉津町 この神様は蛇の神様であり、腰から下の病気に霊験あらたかだと伝えられています。忠左衛門とは実は梅雨左衛門が正確な名前で、「つゆ」がいつしか「ちゅう」になまってしまったものらしいのです。同様な信仰を銀山街…
  • 浅原才市像あさはらさいちぞう 大田市温泉津町温泉津温泉街 元湯の前に広がる石だたみの広場、その中央にあるのが妙好人浅原才市の像。浅原才市は、嘉永4年(1851)生まれ。昭和の妙好人といわれ、町の人々に慕われ尊敬されました。船大工や下駄職人で生計を立てていまし…
  • 恵比寿神社えびすじんじゃ 大田市温泉津町 沖泊の繁栄を今に伝える貴重な建造物1526年、筑前国那賀郡芦屋浦の住人によって建立されたと伝えられています。また、1592年に爆風によって湾内の多くの船が被害を受けたとき、この神社に祈ると直ちに嵐がお…
  • (有)椿窯 大田市温泉津町温泉津イ12-2 荒尾寛さんは昭和44年、父荒尾常蔵と共に温泉津町に移住。椿窯を開きました。昭和53年の常蔵氏他界後、独立作陶に入り、現在は息子さんの荒尾則和さん、恒寛さんと共に窯を営んでいます。イッチンで描かれた椿模…
  • 龍澤寺りゅうたくじ 大田市温泉津町 旅の途中に立ち寄った木喰五行が、特殊なノミ跡をしるして刻んだ木彫り仏が安置されている寺として有名。温泉街を北側へ少し上っていく坂道にひっそりとたたずむ。全国を旅して歩いた木喰五行(もくじきごぎょう)の…
  • 恵珖寺えこうじ 戦国武将細川幽斎が百歌連歌の会を開いた逸話や石見銀山初代奉行、大久保長安の殺生禁断の制礼や逆修墓があることで知られる古刹。恵珖寺(日蓮宗)は温泉街の中にあり、石見銀山初代奉行、大久保石見守長保の殺生禁…