明治20年石見銀山は、大阪の藤田組に権利が譲渡されて大森銀山となり仁摩町大国の柑子谷永久稼所が開発の中心となりました。同35年には発電所を建設、電導式ポンプによる揚水で再び活況を呈しました。
明治20年石見銀山は、大阪の藤田組に権利が譲渡されて大森銀山となり仁摩町大国の柑子谷永久稼所が開発の中心となりました。同35年には発電所を建設、電導式ポンプによる揚水で再び活況を呈しました。
※開催日順で掲載
2026.6.4 - 29NEW
重要文化財 熊谷家住宅では、2026年6月4日(木)から6月29日(月)まで、石見銀山歳時記「熊谷家の6月」として『...