寛永8年創立、初めは天台宗であったが、現在は真宗に改宗されています。門前には「山吹城城門西本寺」と書かれています。山吹城とは要害山山頂にあった城のことです。
山吹城は天文2年(1533)大内義興が大森の銀山を守るために築城されたもので、その後尼子常久の銀山攻略で尼子氏の領有となり、さらに永禄5年(1562)には毛利元就が攻め込んで毛利氏の手に落ちました。
山吹城解体後、四門のうち追手門が龍昌寺の門として改造され、後に西本寺に移転され今日に至っています。
寛永8年創立、初めは天台宗であったが、現在は真宗に改宗されています。門前には「山吹城城門西本寺」と書かれています。山吹城とは要害山山頂にあった城のことです。
山吹城は天文2年(1533)大内義興が大森の銀山を守るために築城されたもので、その後尼子常久の銀山攻略で尼子氏の領有となり、さらに永禄5年(1562)には毛利元就が攻め込んで毛利氏の手に落ちました。
山吹城解体後、四門のうち追手門が龍昌寺の門として改造され、後に西本寺に移転され今日に至っています。
※開催日順で掲載
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